昨日の朝からずっと寝ていない。
極度の緊張でハンドルを握る。
この台風の強風にあおられ、となりのトラックにあおられ、水しぶきに視界を妨げられ。
東北道のトラックの多さよ。
蔵王サービスエリアで、しばし休憩。
さすがにバケツをひっくり返したような雨であり、俺の運転技術では、これ以上のドライブは自殺行為。
駐車場に車を停め、エンジンを切り、シートを倒してうつらうつらと目をつぶる。
ぱっ、と目を覚ましたら、ありゃりゃ、寝過ごした。
50歳のおっさんは、疲れが取れるのも遅いのか、寝過ごした。
やばい、急がなきゃ。
ハンドルにしがみつき、北上再開。
仙台〜北上〜そして西仙北。
秋田県に入り、ようやく青空が見えてきた。
西仙北サービスエリアで一休みし、腰を伸ばす。
あと一息。
午前10時45分、何事もなく、秋田市立城東中学校到着。
玄関で茂木先輩が待っていてくださった。
感謝。
さっそく午前11時から12時半まで、講演。
テーマは、「君は何と闘っているのか?」と題して、キャリアアップ教育の講演。
お金の話や、自己評価の話や、海外遠征の話や、ボランティア活動の話。
終了後、そのままハンドルを握り直し、金沢へ。
なんか、こういう生活、昔のカルガリープロレスラー時代そのものだ。
5〜10時間運転し、ガソリンスタンドでコーヒーを飲み、ピザハットでご飯を食べて、会場ついたら練習し、試合が終わったらシャワーを浴びて次の試合地へまた10時間のドライブ。
モーテルからモーテルへの旅がらす。
青春時代だった。
そんなことを思い起こしながら、秋田道の河辺ジャンクションから南下開始。
仁賀保インターで降りて、国道7号線を酒田まで。
下道は、遅い。
ちんたらちんたら。
酒田南インターで、「日本海側東北道」に乗り、また鶴岡で降りる。
でもって、また国道7号線に入り、日本海を右手に見ながら新潟県に入る。
小さな港町をいくつも抜ける。
ようやく道の駅朝日に到着。
初めての休憩。
お手洗いを済ませ、マンゴーサイダーとあんパンとこしひかりアイスもなかで、めちゃくちゃなお昼ご飯。
でも、この、米粒の入ったこしひかりアイスもなかが、抜群に美味しい。
お土産に、ピリ辛茄子漬と、食べるわかめちゃんを購入。
末っ子のお土産だ。
これをつまみに皆で焼酎だな。
気を取り直して、日本海側東北道の「朝日まほろばインター」に乗り、新潟中央ジャンクションで北陸道に合流。
それにしても、日本海側東北道はミッシングリンク。
こりゃ、つながなきゃ意味がない。
太平洋側の震災時の代替道路でもあり、物流の重要インフラ。
それがまだこの体たらくでは、やはり日本の道路行政や政治の怠慢と言わざるを得ない。
すべて東京や大阪を中心に、大都市中心に社会基盤整備してきたつけが、ここにきて地方にしわ寄せとなっている。
国土全体のダブルラダー構想が必要だ。
その最たるものが、東北道に対峙する、この日本海側東北道の全線開通だ。
さて、そんなことを考えながら日本海に沈む夕日を味わい、車は長岡ジャンクションへ。
ここで上越方面に方向を変え、金沢へ向かう。
秋田から走り始めて、ようやくガソリン給油したのは有磯海サービスエリア。
ハイオク満タン。
そして金沢に到着。
昨日の夜からみちのく一人ドライブ。
事故もなく、つつがなく全行程を走り終えて、安堵。
さっそく金沢の自宅に迎えに来ていた秘書の車に乗り込み、片町へ。
「英霊を守る米沢会」の総会懇親会へ。
遅れたお詫びと、先般の8・15護国神社式典開催御礼のご挨拶。
一川さんの「素人シビリアンコントロール」はこの会でも話題になっており、金沢弁でいう、「だらんねぇか!」というお叱りの声多し。
およそ15分で全テーブルご挨拶し、もう一件の会合へ。
こちらは、駅前アパホテル。
実務スタッフのビアパーティー。
ここでも遅れたことのお詫びをし、あとは生ビール片手に国政報告。